独立してフリーのミュージシャンを決断した時の話。葛藤はあった?

エッセイ
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Q.ミュージシャンとして独立してフリーになることを決めたときって、葛藤みたいなものってありましたか?また、周りの人に相談したりしましたか?

 

フリーのミュージシャンとして歩き出してから、早くも10数年の月日が経過。

 

幸せなことに、応援し、支えてくださる方々のお陰で、好きな歌を歌い、今日まで生きてくることが出来ました。

 

19歳の頃に芸能プロダクションのオーディションに合格したことをきっかけに、「芸能・音楽」の世界へと進むことに。

 

20代の頃は芸能プロダクションに所属し、テレビ、ドラマ、ラジオ、イベント、番組制作など、様々なことを経験。

 

民法キー局のテレビ局や、ラジオ局に出入りし、いわゆる‟キラキラ”した世界をたくさん見させてもらい、「THE・芸能界」の一端を経験させて頂くこともできました。

 

高校3年生の時、文化祭のステージで歌ったのをきっかけに、「芸能界」、「歌手」を夢見たワケですが、夢を追いかけながら、本当にときめきを感じる時間を過ごさせて頂いたというのが事務所所属時代の思い出です。

 

さて、そんな中、僕がフリーのミュージシャンとして歩く決断をしたのは27歳の頃。

 

‟事務所から飛び出すという決断をすることに葛藤がなかったか?”

 

と聞かれたら、葛藤はめちゃくちゃありました。本当にめちゃくちゃ。毎日、毎日、何時間も考え、本当に正しい決断なのか?ということを自問自答しました。

 

それまでの間の楽しかった出来事も思い出しましたし、決断をすることで、どうなるのかわからない未来に対しても不安がなかったわけではありません。

 

右も左もわからず、海の者とも山の者ともわからぬ頃から、時には厳しく、時には家族のように、様々なことを教え、守ってもくれた社長や専務、マネージャーとも離れるわけなので、葛藤がないと言えばウソになります。

 

しかし、決断をしました。周りの誰にも相談をせず。‟自分の進みたい道を進みたい”と思ったから。

 

最後の頃は、周りの人たちは僕のいつもと違う雰囲気に、薄々何かを感じてはいたみたいですが(笑)。

 

‟わがままだった”と言ってしまえばそれまでかも知れません。綺麗な形でもなかったかもしれません。

 

でも、あの時、決断をし、2010年に自分でレーベルを立ち上げて念願だったCDデビュー。新星堂インディーズCD全国売上ランキング「1位」を獲得し、その後、「中野サンプラザ」ワンマンや「赤坂BLITZ」ワンマンなど、目標に掲げたものも成し遂げてきました。

 

決断が正しかった、正しくなかったかは、後々になってみないとわからないものだと思います。というより、‟事務所所属”から‟フリーになった”という事実があるだけで、絶対的な正しい決断、正しくない決断なんてもの自体、存在しないのかも知れません。その意味づけをするのは自分自身。

 

人生は常に「選択」の連続。その選択次第で、当然、「未来のゴール」も変わってきます。

 

あの時、‟事務所に残る”という決断をしていたら、今、どういう未来になっていたのかは‟想像の世界”のことなのでわかりません。

 

ただ、決断をした結果、‟10数年、歌を歌って生きて来れた”という「今」に繋がっています。

 

自分の人生は、自分でしか決めることが出来ないもの。先のことなんて誰にもわからないし、過去には戻ることも出来ません。

 

葛藤をしながら、それでも、自分自身で進む道を決めて生きていくしかない、そんな風に思ってます。今のところ、それが人生なのかなと。

 

 

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